西高野街道[中百舌鳥町4,5,6丁] ー 昔と今の間で
西高野街道は、平安時代から鎌倉時代初期に開かれ、室町時代には高野聖の納骨や庶民の参詣の道となり、江戸時代には大阪、堺の町人の米・酒・綿など通商の幹線道としてにぎわいました。
現在、西高野街道の起点は、堺市役所近くの大小路橋で、高野山女人堂とを結び、その間には安政4年(1857)の2月から9月にかけて建立された13基の里石がほぼ1里(4キロメートル)ごとに建ち、堺・榎元町の一三里道標石から高野山神谷の一里道標石まで、すべて現存しています。
中百舌鳥町の西高野街道は、堺東駅付近の十三里石と白鷺公園近くの十二里石の間に位置し、距離は約1里石の3分の1強程でしょうか。古い建物が残り、かつての街道の面影が今も残る道です。
御廟表塚古墳・筒井家住宅・百舌鳥のくす
- 御廟表塚古墳[中百舌鳥町4丁]
- 私たちの町には古墳があります。御廟表塚古墳(2024/12/26)[中百舌鳥4丁]
- 筒井邸の屋敷林/堺市指定保存樹林[中百舌鳥4丁]
- ➡️ちょっと寄り道:イタチ談義
- 史跡整備後の御廟表塚古墳に行ってきました。[中百舌鳥4丁]
- 百舌鳥のくす[中百舌鳥町4丁]
御廟表塚古墳[中百舌鳥町4丁]

御廟表塚古墳
5世紀後半に築造された帆立貝形古墳ですが、他の多くの古墳と同様、耕地開発や宅地開発により、現在は本来の形とは異なっています。周濠の大半が埋められ、前方部が失われています。このため円墳の様に見えます。南海中百舌鳥駅南出口より、徒歩5分程です。西高野街道に面しています。
公開日:2024/12/26
私たちの町には古墳があります。 世界遺産/百舌鳥古墳群

古墳時代、日本列島には20万基以上もの古墳が造られました。その中で最も大きな古墳が、百舌鳥古墳群にある仁徳天皇陵古墳です。
百舌鳥古墳群は、堺市内の東西・南北約4キロメートルの範囲に広がる古墳群です。古墳時代、この一帯には100基を越える古墳が造られましたが、都市化の進展などによってその多くが失われ、現在は4世紀後半から6世紀前半に造られた44基の古墳が残っています。私たちの町には、古墳があります。
公開日:2024/12/10
筒井邸の屋敷林/堺市指定保存樹林[中百舌鳥町4丁]

筒井家住宅は、百舌鳥古墳群の中央部に位置する江戸時代初期の新田、「夕雲開」(せきうんびらき)の開発者であった木地屋庄右衛門(筒井氏)が新田開発の管理所として建築し、後に居宅化した住宅です。御廟表塚古墳の隣に位置し、登録有形文化財に指定されています。(左下が筒井家の塀、この写真では確認できませんが、車の右側が御廟表塚古墳です。) 仁徳天皇陵古墳と大仙公園の東側に百舌鳥夕雲(もずせきうん)という町名が残っています。

筒井邸の屋敷林は、太古の大阪平野を広く覆っていた自然植生と同じ照葉樹林(常緑広葉樹が優占する森林)です。御廟表塚古墳の落葉広葉樹林と一体となって、多くの生き物が生息するビオトーブ(都市化などによって失われた生態系を復元し、本来その地域に生息する生物が生息できるようにした空間)になっています。平成16年堺市指定保存樹林に指定されています。

屋敷林に咲いていた花と茶色のカマキリです。8月に撮影しました。同じ日、西高野街道に御廟表塚古墳から飛び出し、西高野街道を横切る「イタチ」を目撃しました。中百舌鳥町で「イタチ」を見る機会は滅多にありませんが、これまでに10年に一度くらいの頻度で目にしています。屋根裏に巣を作っていたという話も聞いたことがあります。
➡️ちょっと寄り道:イタチ談義

イタチは、細長い体と鋭い牙を持つ俊敏な肉食動物で、小動物や鳥を狩る。警戒心が強く、人を見ると逃げるが、追い詰められると威嚇や反撃もする。
① イタチ VS. 猫! 道端にイタチ発見!怖っ……と思ったら、近くの猫が猛ダッシュ! 一瞬の追いかけっこで、イタチはあっという間に退散。猫、強すぎる……!
② 倉庫のキャットフードが消えた!?キャットフードが荒らされた! 暗視カメラを仕掛けたら、アナグマ、イタチ、タヌキ、テン(?) が映っていた。夜の野生動物オールスターズ!……。ここ、町のど真ん中なんだけど!?
③ 夜の恐怖! イタチの影と、洗濯機の悲劇 庭で飼っていたたくさんの鳥たち。その日も元気にさえずっていたはずなのに……。
翌朝、洗濯機を開けた瞬間、昨日の洗濯物の間に無残な鳥たちの姿が……。そのうえ、 洗濯機の中から「ガタッ」と何かの音が! ――「ギャァァァァーーーッ!」 家じゅうに響き渡る悲鳴!何が起きたのかと凍りついたが、数日前、鳥のケージの上をスルリと動く細長い影を見たのを思い出した。そう……イタチだ! 奴の仕業に違いない!!
史跡整備後の御廟表塚古墳に行ってきました。[中百舌鳥4丁]
公開日:2025/08/07
西高野街道を中百舌鳥駅から百舌鳥八幡駅方面へ向かって少し歩くと、左手に自治会の掲示板に並んで道標が見え、そのすぐそばに古墳があります。
この御廟表塚古墳の史跡整備が昨年10月から進められ、今年3月に竣工しました。
4月26日には竣工記念の見学会も開催されたそうで、整備後の御廟表塚古墳に行ってきました。

古墳横の筒井家住宅の門の近くには、「御廟表塚古墳」「御廟表塚古墳と筒井家」の案内看板があります。

御廟表塚古墳

御廟表塚古墳と筒井家

工事中の様子です。

近くにある西高野街道の道標。

筒井家住宅と百舌鳥のくす
百舌鳥のくす[中百舌鳥町4丁]

筒井家(左:白い建物)のくすの木、雨乞いの効験あらたかな霊木として祀られてきました。昭和45年大阪府指定天然記念物に指定されています。

「百舌鳥のくす」胸高径2.7m、幹周10.1m、樹高13m、樹齢800年~1,000年。樹齢800年とすれば鎌倉時代、1,000年とすれば平安時代。堺屈指の巨樹として知られています。

木の南側には、大きな空洞ができています。思わず、木の周りから四方へ伸びる太い根に目を奪われました。その空洞にちょうど光が差し込み、神秘的な空気がさらに増して感じられました。
西高野街道沿い
文具店の駄菓子屋[中百舌鳥町6丁]

辻野文具店は、西高野街道に面し、中百舌鳥小学校の向かい側にある。文具だけでなく、店内には駄菓子も並び、子どもたちにとってちょっとした楽しみの場になっている。知り合いの子どもたちに「どこで買い物をするの?」と聞くと、返ってきた答えは「辻野」。やはり今も昔も、幼児や小学生にとって駄菓子屋は特別な存在なのだ。コインを握りしめ、自分で選んで買う。そんな小さな経験の積み重ねが、社会に出るための大切な学びとなる。しかし、こうした「子どもの小さな社会」の場が少しずつ減っているのは、寂しいことだ。
公開日:2025/01/29